1)愛橘博士は死ぬまで二戸弁で話していた。


武士の子として生まれ、幼い時から厳しく育てられた愛橘は、「今これをやらなければ殺される」という覚悟で、勉強も仕事もやり遂げたという。
だから訛を人に笑われようと、「話さなければ殺される」という気持ちで話した。少し位の訛など命に比べればどうという事はない。
博士は英語、フランス語なども話せたという。面白いことに、博士の英語は日本人には分からなかったが、ちゃんと外国人とは会話が出来た。
博士の英語はスコットランド訛であったが、とても上手に話したという。二戸に帰郷すると、母の実家であった小保内家(呑香稲荷神社)の玄関を開けるなり 「いだいだ!」と座敷に上がり、ニコニコしながら「あじきばっと食せろ!」と言ったという。