4)愛橘博士は死ぬまで音楽を愛した

意外なことに、博士は西洋音楽を楽しんでいた。寺田寅彦や田丸琢郎らとしばしば合奏していたという。博士はフルートを吹いていた。
また、歌曲なども歌ったという。声は大きかったが歌はひどかった。聞かされる方はよく我慢したものだ。と、後に博士自身が語っている。
当時は文明開化から鹿鳴館と時代である。博士は新しい西洋の音楽でも、何でも知っているものを身をもって伝えようとしたのだと思う。
踊りだって上手だったという。
博士が本当に愛した歌は呑香稲荷神社の神楽歌だったという。幼い頃から神社の境内で遊び、修行した。そんな 思い出もあったことだろう。