7)愛橘博士は初めての東大生だった。


明治11年。博士は東京大学理学部 本科一年生になっている。それまでの開成学校が東京大学となった。 その時の同科の生徒は4人。理学部に進むにあたっては、大いに迷い父に相談の手紙を書いている。父はむしろ「これからは学問で国の役に立つ時代」と愛橘を励まし、博士は物理学を選んだという。
また、当時は「そんな物では飯が食えない。一体君は何で飯を食う気だ」という人もいたという。
博士は「箸と茶碗で飯を食う」と答え、すましていたそうだ。