9)愛橘博士は岩手県で初の「文化勲章」受賞者だ。

天佑を保有し万世一系の帝祚を踐める大日本帝国天皇は勲一等田中館愛橘に文化勲章を授興す即ち此勲章に属する待遇及び特権を有せしむ
神武天皇即位紀元二千六百四年昭和十九年四月二十九日宮城に於て璽を鈴せしむ
{大日本国璽の印}
昭和十九年四月二十九日
賞勲局総裁正四位勲二等 瀬古 保治
第二十三号を以て文化勲章簿冊に記入す
賞勲局書記官従五位勲五等 村田八千穂

いかがだろうか、博士はこの難解な(?)文章の書かれた賞状と共に文化勲章を授与された訳だが、この時博士は88歳であるはずだ。
ちなみに、勲章のランキングだが、文化勲章は上から7番目で、勲二等の上。
また、後にもらっている、勲一等旭日大綬章は上から4番目という。この旭日大綬章は 昭和天皇直筆の署名で昭和27年5月21日、時の総理大臣 吉田茂の名で与えられた。
この5月21日というのは、田中館愛橘博士がお亡くなりになられた日である。