家思う 心移して 国の為
つくせといゝし 妹はいつくに
明治27年(1894)愛橘38歳 この前年、愛橘は盛岡の本宿キヨ子と結婚している。当時愛橘にはすでに白髪が目立っていたらしく、新妻が白髪を抜いてあげたという微笑ましいエピソードがある。
だが、この幸せな日々はたった1年で終わってしまう。この年の3月長女美稲の出産後、妻キヨ子は他界してしまう。
紹介の歌は同年6月28日、北海道北部の磁気測定の時の歌とある。「妹」とは妻キヨ子の事であり、妻を亡くしてわずかに三月後の歌だ。生まれて3月ではまだ首も座っていないであろう娘を残して、お国の為に各地を飛び回る博士の
心が、ひしひしと伝わってくる。
明治の時代、博士の地位などを考えると「再婚」は容易にできたであろうに、愛橘博士は一生再婚せず、娘の美稲を愛し育てた。
また、公務で何ヶ月も洋行したが、帰国すると必ず娘を連れて妻の墓前に参った。まだ幼い美稲に
「お母様は、神様になったのだよ」と優しく語ったという。
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