へた技師が 送る電気の ともし火の
くらみにたたく タイプライター
大正6年(1917)愛橘61歳 (原歌はローマ字)当時はまだまだ電気事情が悪かったらしく、しばしば停電したという。
60歳のときに当時まだ珍しかった自転車を器用に
乗り回していたというが、ある日転倒し左大腿骨を骨折という大怪我をした。この歌は湯河原に湯治したときの歌
「あっ、停電!!」と周りが騒いでも愛橘博士のタイプライターの音は何事もなっかたように続いていたので、周りも静かになったものだという。
タイプライターも当時は珍しく、愛橘博士が日本に初めて持ち込んだという説もある位だ。
それにしても、真っ暗な闇の中で平然とタイプし続ける博士の姿は、目隠しでピアノを弾いたモーツアルト
みたいで、何ともいえず嬉しくなってしまう。
このころは、ますますローマ字普及に熱が入っている。
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